京都府

苔絨毯とわらべ地蔵が心癒す 京都・大原「三千院」

「きょうと~おおはら三千院♬」という歌詞で始まる歌は、子供の頃によく耳にした歌。

口ずさみやすく、心和む歌として記憶していましたが、はて?何という歌だったのか調べてみると、作詞永六輔、作曲いずみたくで「女ひとり」という歌であることが判明。

さすがに口ずさみやすい歌であるのも納得ですな。

さて、その京都・大原三千院に人生で初めて行ってきました。

初詣で賑わう京都市内の熱気と比較して格段に静かなエリア・京都大原。

そこで今回は、京都・大原「三千院」をご紹介します。

京都・大原エリアとは

京都の大原は、京都市内から北東方面に位置する京都洛北エリアです。

前回紹介した「比叡山延暦寺」の西麓にあたり、関西人の私にとって、何となく都から少し離れた落ち着いた里山という印象を持っていました。

ただそれ故に、40代半ばまで訪れたことが一度もなく、自分にとって少し遠いエリアであったのも事実。

調べてみると、やはりかつては貴人や仏教修行者の隠棲の地として知られたエリアという事が分かりました。

ブログを始める前の昨年の初詣では、京都市内の著名な神社、寺院はほぼほぼ詣でたこともあり、今回、じっくり探訪する事になった訳です。

天台宗 京都大原三千院の成り立ち

京都大原三千院のホームページにはこのように記されています。

三千院は延暦年間(782‐806)に伝教大師最澄が比叡山東塔南谷(とうとうみなみだに)の山梨の大木の下に一宇を構えたことに始まる。
その後、慈覚大師円仁に引き継がれ、平安後期以降、皇子皇族が住持する宮門跡となった。
寺地は時代の流れの中で、比叡山内から近江坂本、そして洛中を幾度か移転し、その都度、寺名も円融房、梨本坊、梨本門跡、梶井宮と変わることとなる。

明治4年、法親王還俗にともない、梶井御殿内の持仏堂に掲げられていた霊元天皇御宸筆の勅額により、三千院と称されるようになる。
明治維新後、現在の地大原に移り「三千院」として1200年の歴史をつないでいる。

皇族・公家が住職を務めた特定の寺院を門跡寺と呼びます。

天台宗の三門跡寺(青蓮院、妙法院)の一つで、歴史は最も古く、本尊は薬師如来。ただ、大原に移ったのが明治維新後であれば、比較的最近に感じてしまいます・・・。

緩やかな上り坂の脇に様々なお店が並んでいます。

京都大原は、京都の三大漬物であるしば漬けの発祥の地。しば漬け屋さんが多いのもうなずけますな。

心癒される苔絨毯とわらべ地蔵

拝観料を支払い、いざ参拝スタート。

ただ、客殿から始まる参拝路は、基本畳と板間のため、冬の寒さであっという間に足の裏の感覚がなくなってしまうほど。時折敷かれているホットカーペットのエリアで足裏を温めながらの参拝をおススメします。

足裏を労わりながら客殿、宸殿拝観を終え、有清園に降り立つと、一面が苔で覆われています。

その様が1月の冷気と午前の早い時間の陽光とも相まって、何とも言えない高貴で厳かな雰囲気。

この文化、芸術を後世に伝えてきた日本に生まれたことの有難さをつくづく感じます。

で、何となく苔絨毯を眺めながら歩いていると、石が点在し始めます。「何でこんなことろに石があるんやろう?」と思ってじぃっと見つめると、何とお地蔵様であることが判明。

調べてみると、平成になっておかれたそうですが、まぁその溶け込み具合と言ったら、素晴らしいの一言。心底癒されました・・・。

ガッツリ参拝は丸半日 ゆったりとした行程がおススメ

この後、極楽浄土に舞う天女や諸菩薩の姿が極彩色で描かれた天井を舟底型に折り上げていることが特徴の往生極楽院、阿弥陀石仏などを拝観して終了。

境内の広さもさることながら、じっくり拝観し、周囲のお土産もの屋さんで探索すれば、あっという間に半日はかかります。

「きょうと~おおはら三千院♬」確かに歌詞通り、恋に疲れた女性は勿論の事、仕事で疲れた大人の男性も心癒されること間違いなし。

機会があれば、ぜひ一度参拝してみてください。

天台宗 京都大原 三千院
■住所:京都府京都市左京区大原来迎院町540
■電話番号:075-744-2531