宮城県

国府・多賀城の鬼門に位置し、国府の守護と蝦夷地平定の精神的支えであった「陸奥国一之宮 鹽竈神社」

単身赴任を経験して思うのは、それぞれの地域に様々な文化があるという事。グルメでは食文化が違うなぁと感じますし、日帰り温泉ではその温泉によって泉質が異なり、感じ方も全く別物になります。

地図上の日本は小さく見えますが、中々どうして、日本は本当に広いなぁとつくづく思います。

その中でも特に大きく違うのが、神社。古来より信仰されている神や神社(建物)、立地は、地域によって異なります。

そこで今回は、仙台に赴任して以来、とかく興味のあった「陸奥国一之宮 鹽竈神社」をご紹介します。

鹽竈神社の成り立ちと御祭神

鹽竈神社の創建年代は明らかではありませんが、その起源は奈良時代以前になります。平安時代初期(820)に編纂された『弘仁式』主税帳逸文には「鹽竈神を祭る料壱萬束」とあり、これが文献に現れた初見とされています。

当時陸奥国運営のための財源に充てられていた正税が六十萬三千束の時代ですから、地方税の60分の1という破格の祭祀料を受けていた事が伺われます。しかし全国の各社を記載した『延喜式』(927年完成)の神名帳にはその名が無く、鹽竈神社は「式外社」ではありましたが中世以降、東北鎮護・海上守護の陸奥國一宮として重んじられ、奥州藤原氏や中世武家領主より厚い信仰を寄せられてきました。

特に江戸時代にはいると伊達家の尊崇殊の外厚く、伊達政宗以降歴代の藩主は全て大神主として奉仕してまいりました。よって江戸時代の鹽竈神社には歴代の宮司家が存在せず、実質祭祀を行っていた禰宜家がおりました。

鹽竈神社が発展してきた大きな要因に鎮守府としての国府多賀城の存在が考えられます。
多賀城の地に国府が置かれると、その東北方向つまり「鬼門」に位置し、蝦夷の地に接していた当社が国府の守護と蝦夷地平定の精神的支えとして都から赴任してきた政府の人々に篤く信仰されたものと考えられます。

その流れが今度は武家社会に入ると陸奥國総鎮守として一層尊崇を集めてきたものでしょう。~鹽竈神社HPより~

玉置神社の創設が紀元前なので、最近なのかと錯覚しますが、計算すると約1100年前。大分遡りますなぁ。

ただ、日本の神話、神社自体が大和朝廷からの流れで続くものと考えれば、東北地方が平定された後に神社が建立となるわけで。

そう考えると、東北地方の神社の創建年代が関西の神社と比較して最近だと感じるのは、自然な流れかもしれません。

鹽竈神社の御祭神は別宮に主祭神たる塩土老翁神・左宮に武甕槌神・右宮に経津主神をお祀りしておりますが、江戸時代以前はあまり判然とせず諸説があった様です。

陸奥國最大の社として中古より崇敬された神社の御祭神がはっきりしないのは奇異な感じがしますが、呼称も鹽竈宮・鹽竈明神・鹽竈六所明神・或いは三社の神など様々あった様です。

そこで伊達家4代綱村公は社殿の造営に際し、当時の名だたる学者を集めて研究せしめ現在の三神とし、又現在の別宮の地にあった貴船社と只州(糺)宮は現在の仙台市泉区の古内に遷座されました。

鹽土老翁神は『古事記』『日本書紀』の海幸彦・山幸彦の説話に、釣り針を失くして困っていた山幸彦に目無籠(隙間のない籠)の船を与えワダツミの宮へ案内した事で有名ですが、一方博識の神としても登場しています。

武甕槌神(茨城県鹿島神宮主祭神)・経津主神(千葉県香取神宮主祭神)は共に高天の原随一の武の神として国譲りに登場し、国土平定の業をなした神です。

社伝によれば、東北地方を平定する役目を担った鹿島・香取の神を道案内されたのが鹽土老翁神の神であり、一説には神々は海路を亘り、七ヶ浜町花渕浜(現在の鼻節神社付近)からこの地に上陸されたと言われ、又鹽土老翁神はシャチに乗って海路を渡ってきたと言う伝えもあります。

やがて鹿島・香取の神は役目を果たし元の宮へ戻りましたが、鹽土老翁神は塩釜の地に残り、人々に製塩法を教えたとされています。塩釜の地名の起こりともなっております。~鹽竈神社HPより~

御祭神は道案内役の鹽土老翁神で、人々に製塩法を教えたというから、生業を生み出すきかっけにも繋がる、ありがたい神様です。

いざ鹽竈神社へ

「陸奥国一之宮 鹽竈神社」は三陸道・利府塩釜ICから約10分の所にあります。
駐車場に車を停めて、そのまま参拝道には行かず、ぐるっと遠回りになりますが、鹽竈神社の表坂へ向かいます。

この下からの景色、何とも言えませんなぁ。

階段を上がる事202段。結構急で、且つ階段自体が斜め下に傾いているので、前のめりに体重をかけて登らないと、後ろに転げ落ちそうな感覚になります。

また、周囲は太い木の林が覆っており、「玉置神社」同様に、山の木のパワーを感じずにはいられません。

202段登りきると、足が攣りかけました・・・。

鹽竈神社の境内へ

さて、境内に到着すると、正面が左右宮拝殿(御祭神・左宮に武甕槌神・右宮に経津主神)、右手が別宮(御祭神・塩土老翁神)になります。

それぞれ、ただただ手を合わせて参拝します。背筋がピンと張りますな。

参拝した理由はもう一つあって、「玉置神社(奈良県)」で購入したお守りと入れ替わりの「高鴨神社(奈良県)」のお守りと、仙台に赴任した当初にお祓いを受けた「大崎八幡宮(宮城県)」のお札を返却するためです。

境内にお納めスペースがあったので、返却できました。もし古いお札やお守りがある場合は、是非最寄りの神社に返却も兼ねて参拝に伺うと、いい機会になりますな。

参拝してみて

「玉置神社」が古代の秘境神社なら、「鹽竈神社」は地域全体の神社といった印象をうけました。すでに桜の時期は終わっていましたが、地域の住民の憩いの場も兼ねていることがヒシヒシと感じました。

特に高台からのぞむ景色には、心うっとりするものがありますな。

松島観光に行かれる際は、是非立ち寄って、参拝なさってみてください。

志波彦神社・鹽竈神社
■住所:宮城県塩竈市一森山1-1
■電話:022-367-1611

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