京都府

伊勢神宮に次ぐ地位で京の守り神・皇室の氏神様 世界遺産 京都「下鴨神社」

お正月の重要イベントと言えば、初詣。一年の感謝を捧げたり、新年の無事や平安を祈願したりすることは、その年を充実したモノにするためには、やっぱり欠かせないもんです。

そこで、令和2年を迎える今年は、関西で生まれ育った私の中で、以前からその神社名に特別な響きを持つなぁという印象があって気になっていた「下鴨神社」と「上賀茂神社」へ初詣に出かけてきました。

調べていくと、特別な響きの中身が見えてきました。

そこで今回は、世界遺産にも登録されている京都「下鴨神社」をご紹介します。

下鴨神社の成立ち

下鴨神社のホームページには、このように記されています。

当神社がまつられたのは、崇神天皇の7年(BC90)に神社の瑞垣の修造がおこなわれたという記録があり、それ以前の古い時代からまつられていたとおもわれます。

先年糺の森周辺の発掘調査で縄文時代の土器や弥生時代の住居跡がたくさん発掘され、それを裏付けています。

また社伝や歴史書に、お祭、社殿、ご神宝等の奉納などが記録されています。『続日本紀』の文武天皇二年(698)には、葵祭に見物人がたくさん集まるので警備するように、という命令が出された、という記事があります。

このことから、奈良時代より前から当神社が大きなお社で、盛大なお祭がおこなわれていたことがわかります。

紀元前90年よりも前から祀られていたならば、恐らく2000年以上の歴史があると言うこと。

縄文時代の土器が出土となれば、神社の中でもかなり古い部類に入ります。

平安時代には、国と首都京都の守り神として、また皇室の氏神さまとして、特別の信仰を受け、別項に記します式年遷宮や斎王の制度などがさだめられていた特別な神社であったことがしられます。

そして『源氏物語』や『枕草子』など王朝文学にしばしば登場いたしますように、この時代の文化、宗教の中心地の一つとして栄えました。

皇室の氏神様と言えば、天照大御神が御祭神の伊勢神宮。

伊勢神宮は、三重県にあり、平安京のある京都とは離れています。

下鴨神社がある意味伊勢神宮の役割を担っていたという事であれば、格別の地位があったと言うことですな。

平安時代末期になりますと全国に60余箇所もの荘園、御廚が寄進され神社をささえました。

鎌倉時代、室町時代、そして戦乱の世になっていくにつれ、各地の荘園も連絡が次第に絶えて行きますが、代わって国民の信仰が神社をささえていくようになりました。神殿守(殿司)とよばれる人々が全国をまわってご神徳を説いていくのもこのころです。当神社を舞台とする、数多くの能(謡曲)などに、そのころの様子がうかがわれます。

また国の重要な出来事には、かならずご祈願が行われました。

江戸時代にも、国と国民の幸福を祈願する神社として、神社の運営のため幕府より領地が寄せられました。

明治初年、全国の神社の代表として、官幣大社の首位におかれ、今日まで国と国民のための祈願を日々おこなっています。

明治政府から、全国の神社代表の官幣大社のトップに置かれたと言うことは、伊勢神宮に次ぐ地位であったと言うこと。

かなり重要な役割を、古代から担ってきた伝統ある神社と言うことになります。

下鴨神社の正式名称と御祭神

下鴨神社のホームページには、このように記されています。

正式には「賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)」とよびます。

京都は鴨川を中心に町づくりがなされており、鴨川の下流にまつられているお社というところから「下鴨(しもがも)さん」とか「下鴨神社(しもがもじんじゃ)」と親しくよばれています。東西の両本殿はともに国宝に指定されています。

地名に由来すると言うことは、その土地の民からかなりの親しみを持たれていると言うこと。愛着心あればこそですな。

ご祭神
賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと) 西殿
玉依媛命(たまよりひめのみこと) 東殿

賀茂建角身命は、古代の京都をひらかれた神さまです。山城の国一宮として京都の守護神としてまつられています。

平安京が造営されるにあたって、まず当神社に成功のご祈願が行われました。以来、国民の平安をご祈願する神社と定められました。

山城国『風土記』などに、玉依媛命が鴨川で禊(みそぎ─身を清める儀式)をされているときに、上流より流れ来た丹塗の矢を拾われて床におかれたところ、矢は美しい男神になられ、結婚された。そしてお子をお生みになったとの神話が伝えられていますので、古くから縁結、子育ての神さまとして信仰されています。

当神社は、国家国民の安穏と世界平和をご祈願する守護神であるとともに、厄除、縁結、子宝、安産、子育、交通安全など人々の暮らしを守る神さまです。

 

「賀茂建角身命」は、神武天皇の勝利に貢献。大和朝廷の礎を築いたとして、別名金鵄八咫烏と言われるほどになり、のち山城国に土着します。で、京都の守り神となるのは、自然の流れというわけです。

下鴨神社へ参拝

「下鴨神社」は、鴨川の高野川の合流地点の北側にあります。

周囲に木々や森はあるものの、急峻な山や丘の上にあるのでは無く、京都でも平地にあるのが特徴ですな。

この日は早朝に自家用車で到着。神社境内側の駐車場がまだ満車になる一歩手前だったので、運良く駐車することが出来ました。

駐車場から伸びている脇道から境内に向かいます。

早朝なので、参拝者もまだまばら状態。柔らかい朝日の光が気持ちいいもんです。

本殿で初詣。昨年1年間の家族の無事に感謝と、今年1年の平安をお祈りします。

因みに本殿手前には、干支の神様が祀られており、それぞれにも参拝しました。

大和朝廷創設の過程から、密接な関係があるので、その後の役割が大きく、伝統や歴史を感じます。

世界遺産にも登録されている「下鴨神社」。

「上賀茂神社」と併せての参拝をオススメします。