京都府

「下鴨神社」と並び京都の守り神であり山城国一之宮 京都「上賀茂神社」

初詣で「下鴨神社」へお参りした後、近くにあるもう一つの賀茂神社「上賀茂神社」へもお参りをしてきました。

関西人の私にとって、神社でも格別な響きのある神社の一つで、一度機会があれば、参拝してみたい思っていたわけですな。

そこで今回は、山城国一之宮「上賀茂神社」をご紹介します。

上賀茂神社の成立ち

上賀茂神社のウィキペディアには、このように記されています。

社伝では、神武天皇の御代に賀茂山の麓の御阿礼所に賀茂別雷命が降臨したと伝える。

『山城国風土記』逸文では、玉依日売(たまよりひめ)が加茂川の川上から流れてきた丹塗矢を床に置いたところ懐妊し、それで生まれたのが賀茂別雷大命で、兄玉依日古(あにたまよりひこ)の子孫である賀茂県主の一族がこれを奉斎したと伝える。

丹塗矢の正体は、乙訓神社の火雷神とも大山咋神ともいう。玉依日売とその父の賀茂建角身命は下鴨神社に祀られている。国史では、文武天皇2年(698年)3月21日、賀茂祭の日の騎射を禁じたという記事が初出で、他にも天平勝宝2年(750年)に御戸代田一町が寄進されるなど、朝廷からの崇敬を受けてきたことがわかる。

上賀茂神社の正式名称は、賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)。御祭神は、賀茂別雷命(かもわけいかづちのおおかみ)。

下鴨神社の御祭神である賀茂建角身命は祖父、玉依日売はお母さんに当たり、上賀茂神社と下鴨神社は、賀茂氏の氏神を祀る神社。

下鴨神社は、天平の頃に上賀茂神社から分置されたとする説もあるとのこと。「上賀茂神社」と「下鴨神社」は、密接な関係にありますな。

延暦13年(794年)の平安遷都後は、皇城鎮護の神社としてより一層の崇敬を受け、大同2年(807年)には最高位である正一位の神階を受け、賀茂祭は勅祭とされた。

『延喜式神名帳』では「山城国愛宕郡 賀茂別雷神社」として名神大社に列し、名神祭・月次祭・相嘗祭・新嘗祭の各祭の幣帛に預ると記載されている。

弘仁元年(810年)以降約400年にわたって、伊勢神宮の斎宮にならった斎院が置かれ、皇女が斎王として奉仕した。

明治の近代社格制度でも伊勢神宮に次ぐ官幣大社の筆頭とされ、明治16年(1883年)には勅祭社に定められた。

「下鴨神社」と並んで、伊勢神宮に次ぐ神社格であり、古来から重要な役割を担ってきたと言うことが分かりました。

「上賀茂神社」へ参拝

「下鴨神社」の初詣では、駐車場の脇道からショートカットして一の鳥居をくぐらずに参拝した反省から、今回は、駐車場から第一鳥居まで迂回します。

一の鳥居をくぐり、暫く歩くと、神馬舎が見えてきました。

白馬で本物の神馬に、びっくりですな。

二の鳥居をくぐり、手水舎で手を清めて、楼門をくぐり、中門を抜けて、本殿前にて参拝です。

心安らかに、昨年1年間の感謝と、新年の平安をただただ、お祈りですな。

今年初めてのおみくじは小吉。昨年も小吉だったので、現状維持と言うところでしょうか。

普段は、家族と離れて単身赴任生活ですが、年末年始の休暇を利用して、家族みんなで心をリセット出来る機会、それが初詣なのかなぁと改めて思いますな。

世界遺産にも登録されている「上賀茂神社」。「下鴨神社」と併せての参拝をオススメします。